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継ぐだけじゃない、繋ぐ農業!M&Aで切り開く日本の食と農の新時代

はじめに

 日本の農業は今、大きな転換期を迎えています。高齢化、後継者不足、耕作放棄地の増加など、さまざまな課題に直面する中、その解決策の一つとして注目を集めているのが「M&A(合併・買収)」です。本稿では、個人事業主の農家から農業法人まで、幅広い形態の農業経営におけるM&Aの現状と課題、そして将来の可能性について詳しく見ていきます。

1.日本農業の現状と課題

 日本の農業が直面する問題は深刻です。農業就業人口の平均年齢は67歳を超え、後継者不足により毎年多くの農家が廃業に追い込まれています。また、耕作放棄地は全国で約40万ヘクタールにも上ります。
 個人事業主の農家は特に厳しい状況にあります。小規模経営が多く、収益性の低さや重労働、不安定な収入などが若者の就農意欲を低下させています。一方で、農地や技術、地域とのつながりといった貴重な資産を持っているのも事実です。
 このような状況下で、農業の大規模化や効率化、そして新たな担い手の確保が急務となっています。そこで注目されているのが、企業による農業参入とM&Aです。

2.農業M&Aのスキームと流れ

農業分野のM&Aには、主に以下のスキームがあります

①株式取得(農業法人の場合)
②事業譲渡
③合併
④農地所有権・利用権の譲渡(個人農家の場合)
 個人事業主の農家の場合、主に事業譲渡や農地の権利譲渡が行われます。これらの場合、以下のような流れになります

①譲渡の意思決定:後継者がいない、規模拡大が難しいなどの理由で譲渡を決意
②譲渡先の選定:地域の他の農家、農業法人、新規参入企業などから選定
③条件交渉:譲渡価格、従業員の処遇、取引先との関係継続などを協議
④資産評価:農地、機械、在庫などの評価
⑤契約締結:合意内容を契約書にまとめる
⑥権利移転手続き:農地法に基づく手続き、各種届出など
⑦引き継ぎ:技術やノウハウ、地域との関係性などの引き継ぎ

3.農業M&Aの留意点

 農業M&Aを成功させるためには、以下の点に特に注意を払う必要があります。

①法規制の遵守
 農地法をはじめとする関連法規制の遵守は不可欠です。特に個人農家から企業への譲渡の場合、農地所有適格法人の要件を満たすかどうかが重要になります。
②地域社会との関係維持
 農業は地域に根ざした産業です。特に長年その地域で営農してきた個人農家の場合、地域との関係性が深いため、M&A後もこの関係を維持することが極めて重要です。
③技術やノウハウの継承
 個人農家が長年培ってきた技術やノウハウは貴重な資産です。これらを確実に引き継ぎ、発展させていくことが、M&A後の事業成功の鍵となります。
④従業員や家族の処遇
 個人農家の場合、家族経営や地域の雇用に貢献していることが多いため、これらの人々の処遇に十分な配慮が必要です。
4.農業M&Aの懸念事項

 農業M&Aには、一般的なM&Aとは異なる固有の懸念事項も存在します。

①文化の違いによる統合の難しさ
特に個人農家と企業の間でM&Aが行われる場合、経営文化の違いが大きな障壁となる可能性があります。
②農業特有のリスクの評価
天候不順や病害虫の発生など、農業特有のリスクを適切に評価することが重要です。
補助金や税制優遇措置の継続性
個人農家が受けていた補助金や税制優遇措置が、M&A後も継続して受けられるかどうかの確認が必要です。
④農地の評価と管理
農地は適切な管理が必要な生産資産です。土壌の質や水利条件、周辺環境などを正確に評価し、長期的な視点で管理していく必要があります。
5.農業M&Aの今後の可能性

 農業M&Aには多くの課題がありますが、同時に大きな可能性も秘めています。

経営効率化による生産性向上
個人農家の技術と企業の経営ノウハウを組み合わせることで、生産性を大幅に向上させることができます。
①販路拡大や新規市場開拓
個人農家が持つ高品質な農産物と、企業の販売ネットワークを組み合わせることで、新たな販路の開拓が可能になります。
IT技術導入による近代化
IoTやAIなどの先端技術を導入することで、precision farming(精密農業)の実現が可能になります。
③事業の多角化6次産業化など)
農業生産にとどまらず、加工や販売まで手がける6次産業化の実現が容易になります。
環境保全型農業の推進
個人農家の環境に配慮した農法と、企業の資金力や技術力を組み合わせることで、持続可能な農業の実現に貢献できます。
おわりに

 農業分野におけるM&Aは、個人事業主の農家から大規模農業法人まで、日本の農業が直面する構造的な問題を解決する一つの手段として、今後ますます重要性を増していくでしょう。
 特に個人農家にとっては、長年培ってきた技術やノウハウ、そして地域との絆を次世代に引き継ぐ有効な選択肢となる可能性があります。一方で、譲渡先となる企業や農業法人にとっても、確立された生産基盤や地域とのネットワークを獲得できる貴重な機会となります。
 成功的な農業M&Aを実現するためには、法規制の遵守や地域社会との調和、従業員の処遇、技術やノウハウの継承など、多くの要素に配慮する必要があります。同時に、経営効率化や新技術の導入、事業の多角化など、M&Aがもたらす可能性を最大限に活かすことも重要です。
 農業M&Aは、単なる経営の効率化や規模拡大にとどまらず、日本の農業の未来を左右する重要な戦略となり得ます。それは、食料安全保障の確保、地方創生、環境保全など、社会的にも大きな意義を持つ取り組みです。
 今後、個人農家を含む農業分野でのM&Aがさらに活発化し、日本の農業に新たな可能性をもたらすことが期待されます。同時に、その過程で生じる課題に対しても、官民一体となって適切に対応していくことが求められるでしょう。農業M&Aの成功は、日本の農業の持続的な発展と、豊かな食文化の維持につながる重要な鍵となるのです。