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『人生を因果として捉えるか、あるいは因縁として捉えるか』

"やりたい事が見つからない。"

 

去年1年間だけでも何回聞いた言葉だろう。その都度、理解や回答に困った。

 

やりたい事が無いのではなくて、「自分には出来ない」って言い聞かせてるだけなんじゃないのかなって思ったこともあったし、やりたいことを考えてる時間が無駄だなって思ったりもしてた。

 

そもそも自分のことを理解をすることが、とても難しいものだから、やりたい事を見つけるってことはさらに難しい問題である。

 

ドライな言い方をすると、今わからないので有れば、今いる場所から動かない限り絶対見つからないというのが結論だと思う。

 

ただ、何の考えも持たずに、「とりあえず動こう」って言われて動ける人って、ほとんどいないのも事実だから、これだと何の解決にもならないなって、思っていた。

 

そんな矢先に出会った『人生を因果として捉えるか、あるいは因縁として捉えるか』という言葉がすごくしっくりきた。

 

もう少しわかりやすい言葉に直すと、 因果として捉えるとは、成し遂げたい明確な結果をイメージしながら、その原因(結果を達成するために大事なこと)を意識しながら生きていくこと。

 

因縁として捉えるとは、どこに向かうかは分からないが、『出会い』というご縁を辿っていくと、いつかはどこかには着くでしょうという発想のもとで生きていくということ。

 

おそらく多くの人は前者を目指して生きていきたいと考えてるため、なかなか動き出せないのだと思う。

 

それもそのはずで、多くの人が前者は強い信念やビジョンが伴わなければ、成立が難しいと思い込んでいる。(実際には、とりあえずやってみたら上手くいったなんてことはザラにある)

 

だから、まず人生を因縁(ネットワーク)として捉えてみるのが良いのでは無いのだろうかと思った。

 

とりあえず、今まで接する事がなかった人に会ってみる。

 

故人や有名人には、書籍や映像を通して、その人の考えに触れてみる。

 

そうすれば、今までに無い価値観や考え方を自分の中に取り入れる事が出来る。

 

きっと次の瞬間から視野が広がり、思わぬ機会に巡り合えるかもしれない。

 

その成長の先で、きっと自分のやりたい事が見つかるのだと思う。

 

ただ一つ間違いなく言えることは、自分にとって快適な場所や習慣から一歩踏み出す必要があるということ。

 

結局のところ、行動しようという結論なのだが、今まではそのモチベーションが目指すべき結果だったから、二の足を踏んでいたのだと思う。

 

その為のモチベーションを因果ではなく因縁、つまり『出会い』を求めるものと考えられれば、少しは気を楽にして行動できるようになるのかなって思う。

 

自分自身も一昨年に、尊敬出来る人と出会い、行動を共にしてから、やりたいと思ったことには挑戦する習慣が身についたと思う。

 

この出会いで人生が好転した。 なので、今後もおそらく耳にするであろう「やりたいことがわからない」という難題を振られたら、このように答えてみようと思う。

 

これからも面白い出会いがあることを願って、たくさん動こう。